アウトドア&フィッシング ナチュラム
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貧果続きの最近、ふと自分が『釣り』を覚えた頃を思い出した。
もちろん「行けば高確率で釣れる」ポイントもあるのだがソコは素晴らしい釣り仲間がメインフィールドにしている所でもあり、また何人も入れるような大場所でもない。マメにポイントへ通い、データ収集をし実績を出している釣友のフィールドへ”釣る為”だけに週一君の自分がソコへ行くのはあまりにも失礼だ。リアルタイムな釣況を聞けるだけで充分だ。
それを基に自分が狙うべきポイントを予想すればいい。それがまた楽しい。
ボーズでも楽しいのだから。

自分が『釣り』を覚えたのはさかのぼる事、小学校時代。
きっかけは釣りを趣味としていた祖父の影響だったと思う。祖父はもっぱら海釣り派で始めはアイナメ、ヒラメ釣りに連れて行ってもらったと記憶している。
実家は海まで山を越え車で2時間かかる内陸なのでそう頻繁には行けない。
そこで普段は近所にある用水路での川魚釣りに熱中していった。

当時、小学校の土曜授業は午前中で終わるので午後は友達とチャリを漕ぎ家から半径2km以内にある小さな川や池に行きまくった。
ノベ竿に玉ウキというごくシンプルな仕掛け、ウキが「ピクピク」と動くアタリが楽しかった。
主に釣れる魚はフナ、ウグイ、オイカワ、鯉、ナマズなど。特にナマズは60cm級が釣れ、その引きにハマり専門で狙うようになった。
ウグイ、鯉、ナマズは初めて釣り上げた時は嬉しさの余り、家に持ち帰り塩焼きにしてみたが泥臭く、酷く不味かった思い出がある。いまだにソレがトラウマとなりコイ科の魚は食したいとは思わない。

その後、中学になると行動半径がぐっと広がり渓流釣りにのめり込んだ。
綺麗な水、綺麗な魚体、繊細で獰猛な性格の渓魚。
ヤマメ、岩魚、サクラマスを夢中になって追いかけた。
また食っても非常に美味く、自分の中の「川魚=泥臭い」のイメージを一発で払拭してくれた。釣りの合間に採る山菜も家族に喜ばれた。
ただ、中学の後半以降になるとめっきり釣りとは縁のない生活となってしまった。

それから数年経ち、社会人になり茨城に赴任することになった。今思えばこれが釣り情熱を復活させる何かの縁だったのだろう。この職場で後にアルパーさんと知りあうことになる。
ふとしたきっかけで職場の同僚と月に一、二度鹿島や大洗へ投げ釣りに行くようになった。もちろん皆”超”がつく初心者。ガキの頃覚えた釣り知識しかない。釣具屋に通い、1から10まで店員さんに教えてもらった。
しかしそれと裏腹に釣果は素晴らしかった。
大アイナメ、カレイ、イシモチ、大サバ、ヒラメ、鱸、アナゴ・・・etc。
やがて投げて待つスタイルに飽き、磯釣りに移行していった。
一時期はクロダイ、メジナに熱くなったがコマセ代が馬鹿にならなかった。

アルパーさんとも投げ釣り&サビキ釣りメインでひたちなか方面へ通うようになった。この頃は夜から出かけ夜通し糸を垂れ、堤防にキャンプ用のマットを敷き横になりながらアジのアタリを待った。
竿先のケミホタルが勢い良く震える瞬間がたまらない。たまに30cmオーバーのアジ、尺メバルも釣れた。
そんなサビキ釣りにも飽きかけた頃、釣れたアジを活餌にして更なる大物を狙う方法を真っ黒に日焼けした地元のおっさんから教わる。
狙いはヒラメやカンパチ、ヒラマサ、ワラサだ。寿司屋でしか見たことが無い高級魚ばかりだ。
翌週に半信半疑、見様見真似でやってみるといきなりカンパチが食いついてきた。
それはそれは今まで味わった事がない強烈な引き、タックルも投げ竿に特売品の投げリール、ラインなんて500Mで300円位の超安物だ。
何度も糸を出され、やっとアルパーさんにタモですくってもらう。バタバタッと堤防に横たわる紫褐色がかった綺麗な魚体にしばし感動。
これがカンパチかぁ~~凄い引きだ。アイナメやカレイでは味わった事が無い強烈な引き。持ち帰り刺身で食したがその美味しさに2度目の感動。
ここからしばらく活餌釣りにハマる。アルパーさんもその後、この釣り方で良型ヒラメやカンパチをゲットしている。今は難しいかもしれないが以前は堤防からワラサも釣れていた。
それと同時期にまだメジャーではなかったソフトルアーを使った砂モノ系の釣りも地元のおっさんに狙うポイントやらリトリーブスピードやら懇切丁寧に教わった。自分達は勝手にこの人を『ルアー名人』と呼んでいた。今では考えられないがある場所ではマゴチが入食いだった。
そんなある日、自分とアルパーさんが本格的にソルトルアーフィッシングにのめり込む衝撃的な光景を目にする。
活餌の泳がせ釣りも朝マズメが勝負。その時合いが終わり、日も高くなりカンカン照りの堤防の上で餌師達の『釣れねぇ~』ムードが漂うなかテクテクと軽装でやってきた若いルアーマン2人組みがおもむろに沖へジグをキャスト。ジャークを混ぜながらジグを引いてくるといとも簡単にイナダがヒット!しかも入食いである。1キャスト3ヒット位の勢いだ。面白いように堤防の上へイナダが転がる。一方、泳がせ釣りの釣り人の活性も一気に上がるがこちらは誰一人として釣れない。完全に差が出た。
その後も堤防際でカンパチをバーチカルで連発させて見せてくれたり。。。
もう口をあんぐりあけて見ているだけ。今思えばこのルアーマンもかなりの上級者だったと思う。このルアーマンにも色々教わった。特にタックルは値段の高さに驚いた。ファミリー釣具しか持っていない自分はロッドがオーダーで6マン???リールが5マン?????の世界。ソレハナンデスカ?状態。

この光景を目の当たりにして自分とアルパーさんは一気にソルトルアーの道を進む。翌週にはルアーロッドを購入。しかし予算的に厳しく買ったのはダイワ社の普及品。リールも普及品。ルアーも安物を数個。これでもン万円の投資だった。ソルトルアーフィッシングの知識も無く今のようにインターネットも普及しておらず、ひたすら書店で雑誌を見まくった。
ヘンテコリンな「カタカナ用語」が羅列してありよく意味が分からなかったが”絵”で何となく理解できた。
しかし所詮付け焼刃レベル。生半可な知識では釣れる筈もなくひたすらボーズ街道をまっしぐら。幾度も挫折を味わった。
そんな感じであっという間に青物シーズンも終了してしまい途方に暮れていると”シーバス”と言う魚もルアーで狙える事が分かった。これは春から初冬まで狙える魚らしく再び一生懸命雑誌を読みまくった。
そんなこんなで自分とアルパーさんはシーバスフィッシングを始めた。もちろん先生など居ない。全て独学の我流。
始めは那珂川河口付近や涸沼川を狙っていたのだが釣れるのはマルタやニゴイばかり。本命は全く釣れないし、他人が釣った姿も見たことが無い。
『シーバスって幻の魚???』
と思い始めた頃、涸沼川で耶麻師匠、青木大先輩にお会いしシーバスフィッシングについて色々教えていただいた。○○パターンとかシンペンの事とかetc。「ワンダー」もその時初めて知ったルアーであった。もちろん次の日にはショップで2個ほど購入した。

そんな自分にもとうとうその魚を仕留める日がやってくる。
しかも場所は川ではなく磯場である。よほど良い日に当たったのだろう。その日は”幻の魚”が入食い。2投に1回はバイトもしくはヒットする。バラしてもバラしても次々掛かる。初心者の自分はバラしまくった。獲った数の倍以上はバラしたりランディング途中で岩から落としたり・・・。
それでも何とか釣り上げたシーバスのあまりの美しさに感動した。
もちろん初ヒットさせたルアーは師匠直伝『ワンダー80』である。
釣れたシーバスの大きさは50cm台が大半だったと思う。
それから一ヶ月間は同じポイントで数こそバラツキがあったもののコンスタントに釣れ続けココで何となくシーバスの釣り方を会得した。

もうここからはソルト一本。ロッド、リール、小物、ミノー、ジグ、ウェーダーと次々揃えた。使った金額は恐ろしくて計算できん。きっと小遣いの大半をぶっこんだと思う。ロッドを新調した月の昼飯はカップラーメンとおにぎりばっかり食っていた気がする。

祖父の影響で始めた釣りがここまでキタ。
その祖父も間もなく90歳を迎える。


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2007.04.04 
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